被災地に平安が訪れますように 日本人が真心を発揮し団結し どのような困難も乗り越え真なる日本人の復興を成し 世界と日本が平和になりますように
悪いものも現われなければ消えないとすると、これも大変です。
どれだけ悪いことがあるか、わからないんですから・・・・・・。
「現われなきゃ消えないというけど、先生、
私は今後、どれだけ現われるんですか?」
と聞きに来る人もあります。
それは現われる前に消すのです。
幽界で消す方法が一番いい。
肉体界に現われないうちに消す方法です。


それはどうしたらいいかというと、
世界平和の祈りを常住坐臥(じょうじゅうざが)、
寝ても起きても、トイレへ行っても、顔を洗っていても、
電車の中でもどこでもいいから、いつも声を出して、
”世界人類が平和でありますように”とやらなくていいから、
心の中に、いっぱいしみ込むように、
世界平和の祈りをやっていることです。
やっていると、肉体界に現われるものも幽界で消えてしまうのです。
たとえば大怪我をして三月も四月も入院しなければならないようなものが、
かすり傷で治ってしまう、そのようになるのです。
だから世界平和の祈りにすべてを切り替えるのです。

悪をつかんではダメ。
悪は間違った想いの消えてゆく姿。
実在するものではない。
ですから本当の自分だけをつかめばよい。
本当の自分とは何か。
上機嫌の自分です。
明るい自分、柔和な自分、光り輝いている自分です。
その他の自分はあるべきものではない。
消えてゆく姿の自分なのです。
これを徹頭徹尾想うことです。
自分の心を穢(けが)すもの、自分の心を不安にするもの、
自分の心をヒステリーにする、自分の心を妬み心にさせる、
それらは消えてゆく姿です。
ただ本心の前を通りすぎてゆくだけなのです。
通りすぎてゆく間、神さまの中に、
世界平和の祈りの中に入っていればよいのです。
そうすると、あとで明るく晴れやかになって、
”ああ、私はよかった”と思う。
だから本心と業想念とをいつも分けていることです。
通りすぎてゆくと思っていると、だんだん光が大きくなって、
宇宙大に光り輝くようになります。
そしていつも上機嫌でいられるようになるのです。


-書籍より-


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【2012/11/03 04:32】 | ◇大本教・白光・真実の人間へ
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光は業より強いのですよ。
けれど人間はそうは思わず、業のほうが強いものだと思っている。
それは間違いです。

この誤った考えを正すには、内なる光、
守護霊守護神のことをひたすら想うことです。
これをつづけて行じていれば、業は自然に消えて、
安心立命の境地を得られます。

どんな災難や病気や障りが来ようと、
自分の魂を守護霊さんが強くしようと訓練されているのだ、
と思い定めることです。

そのように思えれば、どんな苦しみも災難も障りも、
すべて自分を強くする修行になり、結局自分は強くなるわけです。
おれはダメだ、ああ切ない、恨めしいと思うだけならば、
それは業になってしまうのです。

あまり自分を悪がっていると、勇気が消滅してしまい、
把われの想念になってしまうのです。
善にも悪にも執着してはいけません。

本来は、自己は無いのです。
悪いも善いも、それは、神の真実の姿を、
この地上世界に現わそうとする光と影の交差であって、
善と把われ、悪と把われるその想念が、生命の流れを阻止し、
ためらわせて業となります。
相対的なこの世界、形の上のこの世界の善悪共にやがては消え去ってゆく姿であり、
その消え去った後に、善悪相対を超えた、
お互いに善意だけに生きる光の世界、神の世界が現われてくるのです。

そこで私は、極力把われを放つことを人々に教えているのです。


たとえば間違って、青酸カリを飲んでしまったとします。
そして助かったとします。
さて、再び青酸カリを飲みますか?
死ぬつもりでなければ飲まないですね。
なぜかというと、青酸カリは毒だということがわかってるからです。
悪い想い、悪い行ないは毒なのです。

毒であることがわかった人が、菩薩の道へ入る人なのです。
消えてゆく姿ということは、
この現象世界に現われて来る、すべてのことに当てはまることで、
善悪ともに消えてゆくのです。
そして、後に何があるかというと、神さまの絶対善。
相対的な善ではなく、絶対的な善がそこに現われて来るのです。

だから、善も消えてゆく姿なのです。


-書籍より-

【2012/11/03 04:27】 | ◇大本教・白光・真実の人間へ
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